ヨーロッパのプロオケチェロ奏者になった道17
夢の舞台へ
前回、ドキドキのリハーサルを迎えた私ですが、ブルガリア人たちの温かさに絆され、楽しく演奏する感覚をつかみ直しました。
こちらブルガリアのオーケストラにおいては、1つのコンサートプログラムをたった3日間で準備して演奏することが多いです。
1日目、リハーサル(約2〜4時間)
2日目、通しリハーサル(ただ通すだけ)
3日目、本番
という感じです。日本では考えられないスピードかもしれません笑
今の私の普段の仕事もこのようなパターンは多く、様々なプログラムを次々やっています。
オペラの演奏時間は3時間くらいあったりして、一晩に演奏する楽譜は100ページあっても普通です。
最初は大変ですがその当たり前に慣れてくると、なんか楽しくなってきます。←頭がおかしくなったのかもわかりませんが。
私のブルガリアでの初コンサートも例にもれず、たった2回のリハーサルを終え、あっという間に迎える3日目はもう本番です。
2日間のリハーサルで「ブルガリア人は怖くない」と理解した私はある程度リラックスしましたが、
やはり本番の日は、
朝からずっと落ち着きません。
ソワソワ
ソワソワ
ソワソワ
あぁぁぁぁ
緊張するよー
誰か助けてー😫
叫び出したい気分です。
もちろん、誰も助けてくれません。
ソワソワと歩き回りたい所ですが、
ここはもう舞台裏。
外側だけは落ち着いた姿を見せておきます。
頻繁に手汗を拭っているのはご愛嬌←
深呼吸以外に為すことはなく、、、
ただその時を待ちます。
そして私は舞台へ歩き出します。
パートナーのチェロと共に。
指揮者がいます。
オーケストラがいます。
お客さんも見えます。
拍手が起きます。
私はイスに座ります。
そして静寂が訪れます。
ある人は言いました。
「無音」こそが「音楽」だと。
人々が静寂に息を飲んだ時、
私の音楽は始まります。
高校1年でチェロと出会いました。
それからの日々というもの、
音楽に首ったけ。
色んなものを捨てました。
音楽さえあれば良かったです。
その悪魔的魅力に取り憑かれ、
初めて、好きを知りました。
好きは次第に膨れ上がり、
ついには抗えなくなりました。
音楽の道に踏み込んで間もなく、
自分の無鉄砲さを呪いました。
音楽の世界の厳しさを知り、
劣等感にさいなまれ、
誰にも言えない葛藤は、
孤独への道を整え、
私を修羅へと変えました。
いつしか音楽の楽しさを忘れ、
忘れたことにさえ気付かず、
ただただ、走り続けました。
そして今、夢の舞台に立っています。
それを叶えている実感は微塵もなく、
そこにはただ、音楽があって、
世界を知ったばかりの子どものように、
夢中に手を伸ばすだけ。
いつの間にか暗闇に包まれていた視界に、
ほんの少しだけ光が射したような。。。
私は拍手に包まれていました。
初めて、お客さんをしっかり見ました。
笑顔がたくさんあります。
キラキラした目の子たちもいます。
彼らは私にサインを求めます。ちょっとだけ顔を出すスター気分に困惑していると、
孫に向けるような柔らかな表情で私を見る、お婆ちゃんたちも見えます。
その時、私は理解しました。
「音楽って人を癒せるもんなんだな。」
これは現在の私が決めている人生の使い方、
創造と癒しをひとつにする
確固たる信念の種を蒔いた経験となり、
こうして私のブルガリア滞在は無事に終わりました。
大切なものを胸に植えつけて。
4年後にブルガリアで職を得ることになるとは、この時は夢にも思っていませんでした。
次回に続きます!
サイキックでスピリチュアルで現実的なカウンセラー
自動書記ヒーリングアート画家
元ヨーロッパのプロオーケストラチェロ奏者
高橋勇輝
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