宇宙を旅する音楽家 高橋勇輝

過去世 奇跡と巡り逢い

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過去世を知ることの意味

 

私は日常の知覚向上のトレーニングの1つとして、1日1人、知人や有名人の過去世を拝見しています。

 

過去世は無数に存在しますが、私が拝見するのは、その方の現在の状態に最も影響を与えている過去世です。

 

それはつまり、今知る意味のある過去世です。

 

知ることにより、何か今の状況を現実的に良い方向へ切り替えるヒントを得ます。

 

単に過去世を知り、

例えば「私は過去世でどこぞの王子だったんだ〜。」だけで終わったとしたら、その過去世を知った意味がない。

 

ですので過去世を知るからには、

その過去世と今世に共通する、あるいは繋がりのある、葛藤や学びのテーマ、そうした本質的な意味まで深く読み取ることこそが大切だと思っています。

 

 

過去世 巡り逢いの奇跡

 

さて今回は、

私の家族の過去世を紹介します。

 

時は戦国時代、ある戦国大名の立派な屋敷。

 

若い武士がいました。今世の私の母親の過去世です。

 

ある程度身分が高いのか、

戦では馬に乗り前線には出ていません。

 

安全な後ろにいる自分と、

目の前の前線で行われている命のやり取り。

 

葛藤がありました。

戦では多くの命が一瞬にして失われます。

 

そんな世を憂い、しかしいつかは平和な世が来ると信じたい。そうして戦っていました。

 

しかし幸せな事もありました。

 

親友と呼べる同年代の武士もいましたし、

また、結婚したばかりの妻がいました。

屋敷の中庭に咲く美しい花を見ながら、3人で語り合っています。

 

妻は近所の子供たちに人気で、遊びの相手をしています。

 

一方、大きな志も持っている女性した。

 

戦ばかりの世の中を変えるため、女性の自分に何ができるのか?

 

そんなことを常に考えており、

 

改革案などを考え作り、夫を通して上に提出してもらっていました。これは地域の法に多少なり反映したようです。

 

彼女は「革命を起こす」というニュアンスの天命を持っていました。

 

世を憂いつつも、そんな世を良くしていく為、小さくてもできる事を探しながら全力で生きていた2人でした。そしてその親友はそんな夫婦の良き理解者だったのです。

 

しかしそんな日常は、突然終わりを迎えました。

 

ある日、町は夜の奇襲を受けました。

 

町の四方を囲まれた上での火攻めで、とても逃げられるものではありませんでした。

 

夫妻は炎に囲まれた屋敷の一室にて、共に自害を強いられました。

 

夫は妻までここで自害する事は無いと言いましたが、どうせ逃げられないのと、何より志を共にした夫だけを逝かせるわけにはいかず、結局は2人とも自害しました。

 

しかし、大きな心残りが1つありました。

 

2人には産まれたばかりの赤ちゃんがいたのです。3人家族の幸せがこれから始まる、そんな時に起きた悲劇でした。

 

一刻の猶予もなく死が迫る極限の葛藤の中、

咄嗟の判断で、赤ちゃんだけはカゴに入れて火に巻き込まれないよう外に出し、

敵兵でも誰であってもいいから拾われる事を、何の罪もない赤ちゃんへの慈悲を信じ祈った上で、2人は逝きました。

 

その後赤ちゃんは幸いにも敵兵に拾われ、最終的にはどこかのおばさんに引き取られました。

 

彼らの選択が正しかったのか、

それを論ずることはできません。

 

このような選択を強いられる、そんな価値観の世の中だったのです。

 

しかし1つ言える事は、2人の最期の願いは届いたという事でしょう。

 

今回の登場人物、私の今世の家族関係と深く関わっていた事がわかりました。

 

若い武士は、今世の母親です。

そして妻は、私自身の過去世でした。

2人の理解者である親友は、今世の父親です。

そして赤ちゃんは、今世の私の弟です。

 

そしてちなみに、赤ちゃん(今世の私の弟)を引き取り育ててくれたおばさんは、今世では私と弟の共通の幼馴染で親友です。

 

社会人になった今でも頻繁に電話し、私が日本にいる時は時間さえあれば遊んでいます。

 

ちなみにその親友と弟は縁深いようで、

育てたり育てられたり役割を交代しながら、

何度も出会っているようです。

 

戦国時代の過去世では、これから幸せが始まるという所で、死がみんなを別ちました。

 

しかし時を超え、再び家族として集結したのが、私の今の家族です。

 

誇張なく、奇跡だと思います。

 

今世ではこれまで誰も欠ける事なく、普通に生活してくる事ができました。それは本当に有難い時間だったのだなと、気づかされました。

 

過去世における私たちの想いも、今の私の幸せな想いによって時を超えて癒されます

しかし私は知っています。

今世のこの家族すら、数十年後にはきっと誰かが欠けている事でしょう。

 

そしていつの日か、

全員が過去になります。

 

改めてそう思い至った私は、とてつもなく人間の儚さを想わざるを得ませんでした。

 

過去世という人の一生と死を拝見するとは、こういう事なんだと知りました。

 

しかし過去世を拝見するようになったからこそ、この巡り逢いの奇跡を知ることができました。

 

みんなが同時に生きている今この場所を、心の底から大切にしたいです。

 

様々な過去世を見てきた私が思うのは、

多くの人は、大事な人がいなくなってから初めて、その奇跡や愛情に気づくという事です。

 

失って初めてわかり、後悔します。

もっと大切にしてやれば良かったと。

どうしてあんな下らない事で意地を張ってケンカしてしまったのだろうと。

 

この手の話は既にありふれており、陳腐かもしれません。仮にこうした話に感動しても、多くの人は1ヶ月後にはすっかり忘れているでしょう。人は突きつけを忘れる生き物です。

 

しかしそれでも、

私は伝え続けたいです。

 

でなければ私が私であり、過去世を拝見している意味が無くなってしまいます。

 

人は皆、心の奥底に愛情の泉を持っています。

これは無限の泉です。

 

家族や友人などの大事な人は、やっぱりちゃんと大事に思ってあげた方が良いです。

 

 

 

その自由を心から喜んであげられること。

それが「愛情」だと、私は思います。 

 

優しくするのも、

必要であれば厳しい事を伝えるのも、

やっぱり愛情です。

 

人の繋がりとは、自分次第でいくらでも尊いものにできるものです。

 

 

読んで頂きありがとうございます!

高橋勇輝

この記事を書いた人

高橋勇輝

自動書記アーティスト、サイキックカウンセラー、プロのチェロ奏者として活動しております。超能力や精神世界との新しい向き合い方を探求し、それらを現実に活かせる芸術的エッセンスとして表現することで、今を生きる人々が互いに個性を楽しみ合えるような「彩」の世界を創りたいです。

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